ドイツ遠望

はるか彼方になったドイツのことを思いつくままに

「すべての重症者に最善の手当を保証するために」-ドイツの病院はどう取り組んでいるか?

 (この記事は4月9日に一部を訂正しました。)

 ドイツの社会は実に多種多様な団体やグループで構成されている。その多くはロビー団体として自らを取り巻く環境の改善や利益を追求するが、半面、社会で欠かせない役割を担っているという自負心を持って活動している。日ごろ感じるところである。

 ドイツの社会には職人が団結した中世のギルドの名残のようなものを感じることが多い。

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 標題の文言はドイツ病院協会(DKG)のウエブサイトから引用したものである。DKGはその役割について「多岐にわたる病院・医療関係団体の最上部機関として、医療政策上の諸決定に際して病院の声を代表するとともに、医療政策を注意深く分析し、広報していくことにある」と述べている。強力な圧力団体だ。

 そんなDKGは新型インフルエンザにどのように取り組んでいるのだろうか。

 「コロナ禍をめぐる目下の情勢はすべてにとってかつてない挑戦である。各病院は重症なコロナ患者の増加に全力で態勢を整えている。拡散テンポの抑制のための政府の活動も、病状が重く集中治療が必要な患者の急速な増加に対する病院の極めて真剣な備えも、この国のすべての重症者に対して可能な限りの最善の手当を保証するのが目的である。」

 広報ではあるが、医療機関としての社会における専門的役割と政府の活動を意識しつつ、共通の目的を達成しようとする姿勢を読み取ることができる。

 集中治療病床については、コロナ危機以前はドイツ全体で28,000床あり、うち20,000が呼吸器つきで、平均的使用率は70~80%であったとしているが、その後次のように増加していることを伝えている。

 「予定している手術のうち、可能なものは延期するとの条件が示された3月12日以降、空きベッドが増加した。加えて、連邦保健省の協力のもとですべての病院で呼吸器つき病床を拡充すべく努力が払われている。目下、集中治療病床を40,000床に、呼吸器を30,000台に拡充することができた。」と結んでいる。

 迅速な体制整備が進んでいることをうかがわせるが、連邦保健省の協力というのは「ドイツの緊急対策」の記事でとりあげた1床あたり5万ユーロの補助を指しているとみられるが、必要なところへ必要な支援が行っているのだろう。

 DKGはこれに伴って、各種要員の訓練なども行っているが、態勢が整っても十分な活用のためにはネットワーク化が欠かせない。これについては、「ドイツ全医療分野集中・救急医療連盟(DIVI)、ロベルト・コッホ研究所(RKI)、ドイツ病院協会が共同でドイツのすべての病院が空いている呼吸器設備を登録、検索できるウエブサイト“DIVIインテンシブレジスター”を開設した」としている。

 内容を見ると、全国の病院ごとにICUをローケア、ハイケア、ECMOに分け、それぞれに空き状況と入院患者数が表示されている。空きベッドも多く登録されている。地域ごとのコオーディネーションで隘路が生じるのを回避し、コロナ患者の最善の手当を確保するうえで極めて有効だといえそうだ。まだすべて病院が登録しているわけではなく、DKGはそれぞれの病院長に参加・協力を呼びかけている。政府からも登録要請が出ており、今週末にはほぼ完成するという。

 ドイツにおける軽度の感染者の状況は別として(脚注)、死亡者が少なくない状況の中で、医療現場の混乱はこれまでのところあまり伝えられていない。一方で、イタリアやフランスなどから重症者を受け入れる余力さえみせるのは、専門家集団として治療を引き受けるDKGなど医療現場と現場の環境整備の責任を負う政府との間の連携プレーがあってのことであろう。

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新型インフルエンザ感染拡大に対するドイツの緊急対策

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 ドイツ政府は新型インフルエンザCovit-9の感染拡大を背景に3月下旬、2020年補正予算案をまとめるとともに、経済・社会・医療・生活の広範な分野をカバーする緊急対策を決定した。

 補正予算や各対策は4日間という異例の速さで国会を通過し、3月1日にさかのぼって実行に移されている。

 補正予算は1,225憶ユーロ(約15兆円)であるが、うち550憶ユーロ(約6,6兆円)が予備費で、緊急事態への対応に備えている。そのほか、失業保険会計からいわゆる休業補償が行われ、復興金融公庫(KfW)による融資保証等に6,000憶ユーロ(約70兆円)の枠が設定されている。

 以下はドイツ政府の資料に基づいてまとめた緊急対策の概要を個人的にまとめたもので、脱漏や重複があるかもしれない。

 

 1.2020年補正予算および2020年補正予算法の成立過程

  連邦議会連邦参議院は極右政党を除く与野党の大多数で記録的スピードでパンデミックによる社会的、経済的なあらゆる影響を緩和するための対策を決定した。

  2020年3月23日 閣議決定

 2020年3月25日 連邦議会可決

 2020年3月27日 連邦参議院可決

 

 2.補正予算の規模

  一連の対策は小規模企業、単独自営業者、家族および社会的弱者さらにはコロナ危機により身体的負担および支出または収入の減少が増す病院および医師を支援するもの。

補正予算による追加的対策のための支出は合計1,225憶ユーロである。

 これに対して2020年はパンデミックの影響で国内総生産の大幅な減少と、それに伴って当初予算に対して335億ユーロの税収減少が見込まれる。

 その結果、1,560億ユーロの借り入れが必要になる。これは債務規則の上限をほぼ1,000憶ユーロ上回る。しかし、連邦政府基本法第115条に定められる緊急事態にあたると判断し、連邦議会の多数決で承認された。

 

3. 補正予算の概要

・小規模企業および単独自営業者の支援に500憶ユーロ。支援がなければ存続が危ぶまれる単独自営業者、小規模事業者および小規模企業家につなぎ支援を行う。

・単独自営業者等の生活保障のために失業手当II(生活補助)予算および高齢者の住居手当および生活基本保障の連邦政府負担額の増額77億ユーロ。

・ウイルスの拡散抑制を目的に、身体保護用品の集中調達、ワクチンおよび治療措置の開発支援、パンデミックにかかわる国防軍による支援活動、外国にいるドイツ人およ びEU加盟国民に対する支援、国民に対する情報提供に35億ユーロ。

パンデミックとその影響に対してフレキシブルかつ迅速に対応して、その他の事業を迅速に展開するための予算550憶ユーロ。

パンデミックによる景気の急速な悪化によって融資保証事業に生じる損失のための予備費を59億ユーロ増額。

 

4. その他の施策

・時間短縮手当制度の柔軟な運用

・納税期限の延長

・復興金融公庫の事業拡充および融資保証の改善

連邦政府の保証により復興金融公庫によるこれらの事業を支援する。
・外国関係の保証について、補正予算連邦政府の保証枠約4,650億ユーロに対して約3,570億ユーロ増額して約8,220億ユーロとする。


5.コロナ危機に伴う各種対策の概要

 (以下、順不同)

自営業者、高齢者および就業減少者に対する基本保障

・収入が減少した小規模企業家および自営業者、いわゆる単独自営業者に対求職者基本保障(生活保護)支給条件を緩和し、簡単な手続きで、迅速に支給する。

・高齢者および就業が減少した者で、家族内の主たる働き手の収入が途切れた場合
も対象とする。

・期間は当面2020年6月30日まで。必要な場合は2020年12月31日まで延長。

・予算額77億ユーロ

医療分野の人材不足への対応

・年金受給者が医療関係の業務に復帰する場合、追加所得の上限を一時的に現在の6,300ユーロから44,590ユーロに引き上げる。

・労働時間短縮中の労働者が医療分野で自主的に補助を行う場合の追加所得の上限を引き上げ。

社会保険料負担なしで一時的に雇用できる季節労働者の雇用期間の延長。主に農業でメリット。

・労働時間法の例外を全国一律で定める。これらにより、パンデミックが継続中の医療 療、介護、公共安全、治安を維持する。

社会サービス関係者の支援
・資金難や存続の危機に立たされた身体障碍者・子ども・若年層・女性・家族・高齢者支援サービス施設に対する助成金の支給。

労働時間短縮手当(休業補償)の条件改善
 法改正により2020年3月1日に遡及して以下を適用する。
・企業は経済情勢の悪化を背景に受注が減少し、従業員の少なくとも10%が労働時間短縮の対象になる場合に申告できる。(従来は従業員の30以上が対象になる場合。)
・新たに派遣労働者も対象とする。
・通常雇用主が負担する社会保険料は連邦労働庁が100%補てんする。(従業員が時間を職業資格向上に利用するインセンティブとする。)

注)労働時間短縮手当は連邦労働庁が失業保険会計から支給する。資金が不足する場合は連邦政府が貸し付ける。
  労働時間短縮手当の額はカットされたネットの賃金に対して原則60%、子どもがいる世帯は67%。

子ども加算金の支給基準の緩和
 コロナ禍で所得が減少した世帯について子ども加算金の支給条件を一時的に緩和。基準を過去6か月から1か月に短縮。資産基準を一時的に外す。
 その他の条件の緩和。

保育園および学校閉鎖に伴う両親に対する資金援助
 当局の指示に基づく学校および保育園の閉鎖により自ら子供を世話しなければならなくなった親について、収入の減少分を補てんする。補てんを申請できるのは満1歳以下か、障害があるか、支援が必要な子供の保護者。
 条件は、保育園または学校の閉鎖中、他に世話を見てもらうところがないこと。 したがって、子ども疾病手当と同様。期間は当面6週間とし、所得減少分の70%とする。

家賃
 住宅および事業スペースについて、借家契約の解約を制限、消費者貸付法における支払いの繰り延べおよび契約内容の調整に関する規定により借主の保護を図る、

支払い不能(倒産)
 経営が悪化ないしは支払不能に陥った企業の存続を可能にするため、支払い不能届出義務を2020年9月20日まで停止する。また、当該企業が再び経営を改善し、取引関係を維持するためのインセンティブを設ける。3か月の猶予期間中、債権者の倒産申告権を制限する。

各種機関の諸手続きの簡素化
 組合、会社、団体、基金および住宅所有関係法および転換法の分野について、集会制限の中で決議を行うに際してテレコミュニ―ケーションを利用することを認める。た とえば、株式会社(AG)の場合、株主が出席することなく、バーチャルな総会を開く ことができる。有限会社(GmbH)は文書によって決議を行うことができる。住宅所 有法については総会を当面開催しないことができる。

病院・医療機関
 国は国境を越えた人の移動を制限し、入国する者の健康状態を確認できる。
 連邦保健省は政令で医薬品、助剤、医療用品、殺菌用品、実験用品を確保できる。
 医療関係要員の人的資源の強化。

クリニックおよび医院の強化
 クリニックのキャパシティを拡充。
 医院もCovid19 の患者を診療しなければならない。
 介護施設ヴィールスの拡散の予防をしなければならない。
 国民の健康維持を図るため、所得の減少を補てんし、事務手続きの削減。これによっ て病院を資金的に強化する。
 救急医療に対してコスト増分の補てんを保証する。

病院
・予定されている手術および診療を延期する場合、保健基金流動性リザーブから資金的補てんを受けることができる。これは連邦予算でカバーする。
・病院は9月末までの期間、空けたベッド1床につき、1日当たり一律560ユーロの支給を受けることができる。
・集中治療用ベッドを追加する場合、1床あたり5万ユーロのボーナスを受けることができる。
・病院は身体保護用品調達のためのコスト増に対して、患者1人あたり50ユーロの補助を受けることができる。支給期間および額は拡大できる。
・介護料は約38ユーロ引き上げて1日当たり185ユーロとする。

医院
・開業医はCovid-19により診療収入が減少した場合、補てんを受けることができる。
・Covid-19の患者を診療によるコスト増分の補填を受けることができる。
・発熱救急の設備などの臨時費用に対しても資金調達を保証する。

介護
・介護体制の維持、要介護者および介護要員の感染リスクの削減。
介護施設と介護要員の負担軽減
・コロナ禍による支出増および収入源は介護保険で補てんする。手続き規定等の一時的緩和。
・自宅介護の支援については介護金庫に運用の裁量権をより幅広く認める。
支援活動に参加する職業訓練
・連邦職業教育法を改正。保健医療に貢献する職業訓練生について、奨学金の面で不利にならないようにする。

小規模企業および単独自営業者に対する緊急支援(500億ユーロ)
 補正予算で500憶ユーロ。従業員数5人までの企業に対して3か月分最大9,000ユーロの補助を1回限り行う。10人までに企業の場合は同15,000ユーロとする。
 家主が家賃を20%以上引き下げる場合で、補助に残余が出る場合は、さらに2か月分に充てることができる。

つなぎ資金
 小規模企業および単独自営業者に対して、家賃、事業用土地・建物に対する融資、リース料など経常経費についてつなぎ資金を提供する。

経済安定化基金
 コロナ禍以前に健全かつ競争力のあった企業の流動性と支払能力を保証。予定されている復興金融公庫(KfW)の特別プログラムを補完する。
 経済安定化基金は次の機能を備える。
 ・4,000憶ユーロ:企業が金湯市場で資金調達する際の支援(流動性隘路の橋渡し)。
 ・1,000憶ユーロ:企業の資本強化を目的とする国による資金調達枠
 ・1,000憶ユーロ:KfW特別プログラムのための国による資金調達枠。
 連邦はこれらの措置のための資金を必要に応じて金融市場で追加的に調達することができる。

以上

 

 

ドイツの電力料金は高いか?

 

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ドイツ北部の風力パーク

高いグリーン電力の増加で電力料金が上昇

日本では「ドイツは電気代が高い」という人が多い。再生可能エネルギーによる電力(グリーン電力)を高い価格で買いとり、電力料金に上乗せするためだという。風力や太陽光による電力は高い価格で買い取られるので、発電設備がますます増え、今では国内で消費される電力の半分近くがグリーン電力である。グリーン電力の割合が増すに伴って電力料金も上昇を続けてきたのは事実である。

 ドイツの電力料金は日本よりも高い

では、ドイツの電気料金はどれくらい高いのだろうか。ドイツの電力・ガス・水道事業者の団体であるBDEWによると、2019年の場合、3人家族で年間の電力消費量が3,500キロワットアワーの標準的な世帯の場合、1キロワットアワーあたりの料金(単価)は30.43セントである。1ユーロを120円とすると、36.52円である。

これに対して、日本の電力料金は2018年10月から2019年9月までに実際に支払った具体例を基に計算すると1キロワットアワーあたり29.44円となった。ドイツの電力料金の方が確かに7円(24%)ほど高い。

ドイツの方が高いのは主に税金のせい

そこで、もう少し子細に比較すると次の表ようになり、いろいろなことが見えてくる。

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日本とドイツの電力料金比較

注)日本の料金はマンション一括受電の場合。実際の例であるが、消費量がたまたまドイツの標準世帯の場合に近かった。燃料費調整後、ペーパーレス割引差引後の料金、消費税は8%である。

 

 いくつかの点で違いがあるが、再エネ賦課金およびその他の賦課金はとりあえず措くとして、それ以外では消費税額の違いも大きく、電力税はドイツにはあるが日本にはない。日本の消費税率は上表のデータ時点で8%、ドイツは19%である。電力税は定額で、1キロワットアワーあたり2.05ユーロである。税金は国が徴収するものなので、これを除外した実質の電力料金を比較すると日本は1キロワットアワーあたり27.26円、ドイツは28.22円で、差は1円足らずに過ぎない。この程度であれば「ドイツの電力料金は高い!」というほどのこともないのではなかろうか?

ほかにもある重要な違い

「今はユーロが安いからそんな計算が成り立つのだ」と指摘される方もおられるであろう。ごもっともである。1ユーロ=120円ではなく、1ユーロ=130円になると、税金を除いた料金は日本の27.26円に対して、ドイツは30.58円となり、日本よりも12%以上高くなる。しかし、その時は、電力料金だけでなく、すべてのものが同じように高くなる。国民の賃金・給与も含めて・・・。

しかし、それよりももっと重要なのは税金だけでなく、付加金等も除いた電力料金であるが、これについては次の機会に採り上げる。

静かな街

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ウルムの古い町並み

 

友人がドイツを旅行し、南部の中都市ウルムの大聖堂で受けた印象を語ってくれた。プロテスタントの教会で、質素な内部に「人間復活」の息吹を感じたという。
ウ ルムの大聖堂は高さが161メートルあり、教会建築としては世界一の高さを誇る壮大なゴシック建築である。戦乱が続いた中世の末期、市壁の内側にも教会が ほしいと考えた市民が資金を出し合って、1377年に建設が始まったといわれる。カトリックの教会であったが、当時、ウルムは帝国自由都市であり、大司教 や司教もいなかったため、市民の教会であった。尖塔がひとつだけなのは遠慮したためだといわれる。
しかし、ルターが宗教改革運動を始めた後の1531 年から翌年にかけて、市民が投票でプロテスタントの教会に衣替えすることを決め、それまで設置されていた祭壇などが取り外されて、内部は新教の様式に変え られた。その後1543年以降は資金不足などのため、300年にわたって建設が中断され、主塔がようやく完成したのは1890年であった。
私は人口12万人あまりのこの古い街を3回ほど訪れたことがあり、そのたびに大聖堂も見ているが、内部の様子は残念ながら、全く記憶に残っていない。

覚 えているのは、10年ほど前の土曜日の朝のことである。教会前の広場へ行ってみると、人通りはほとんどほとんどなかった。ただ、広場の片隅でおじいさんが テーブルの上に水を入れたコップを並べて、箸ほどの棒で何かの曲を奏でていた。その前には、小さな女の子が立って、コップを鳴らすおじいさんの手元を見ながら、じっと 曲に聴き入っていた。

ドイツの街は静かである。